第01話『インベーダーハウス』~はじめてコンピュータを身近に感じる~

いまはDSやらプレステやらといったゲーム機が各家庭に普及していて、スマホでも無数にゲームは存在する。大げさではなく今の子供たちが遊べるゲームの総数は天文学的になる。でも、1970年代後半はそんな時代ではなかった。ファミコンですらまだ姿形も存在していない。

そんな時代の1978~79年頃。まだ小学校3~4年生。学校の昼休みは校庭でドッヂボールやドロケイ(知らない人の方が多いだろうか)を必死にやっていた年頃。学校が終わると家に鞄を放り投げ、公園で野球や鬼ごっこで日が暮れるまで遊ぶ。やがてお母さん達が「ご飯だよー」と子供を迎えに来る、そんな素朴な時代だった。

その当時、製造業の自営をしていた私の両親は昼間は歩いてすぐ近くのお店で商売をし、帰宅してからは明け方まで自宅に併設した工場で作業をしていた。だから私は、幼いころに両親と寝た記憶が殆どない。同じ敷地内に住んでいた祖父母の家でご飯を食べて、遠くから響くミシンの音を聞きながら一人寂しく寝ることが多かった。

そんな家庭環境に不満を持っていたわけではない。でも、夕方に友達がお母さん達と帰宅してしまうとどうしても暇になってしまう。今ほどテレビアニメが充実していた訳ではなし。やることが無かったのだ。

1978年、世の中に「スペースインベーダー」というゲームが発表され、ゲームを取り巻く環境が一変した。それまでも今のゲームセンターのようなものはあった気がする。だけども少し前に発表されていた「ブロック崩し」が主流。確か白黒モニタのはずなのに、その表面のガラス部分にカラフルな色が塗られていて、偽カラーモニターになっていた。そんな時代。

そこに発表された「スペースインベーダー」というゲームは画期的だった。今まで存在しなかった敵と味方というシチュエーションが設定されて、自分の失敗から死を連想させられるようになる。それまでは失敗しても「失敗したー!」とベクトルは自分に向いていたんだけども、このインベーダー登場以降は「やられたー」と、自分に向かった表現に変わってくる。

一世を風靡した「スペースインベーダー」。信じられないかもしれないけど、このインベーダーばかりを沢山配置した「インベーダーハウス」という名前のゲームセンターが日本中に誕生した。それもチェーン店ではなく。それほど集客力があった。さらには町の喫茶店には必ず、テーブル型のインベーダーが配置されていたような気がする。

今ほど規制が厳しくなかった時代、私は友達との野球が終わるとこのインベーダーハウスに入り浸るようになる。1ゲームの値段も100円じゃなかったような。しかも私が行っていた茨城県のインベーダーハウスは1ゲーム10円で遊べた。今となっては、どんな決まりになっていたのかわからない。でも10円で遊べたのだけは確か。

不良やカツアゲといった文化も無かったような気がする時代。いや、むしろそんなものさえ存在しない田舎だったのかもしれないけども、私が広い意味でコンピュータに触れるきっかけになったのは、間違いなくこの時代の「スペースインベーダー」だった。

つづく

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Editor:添田真人

MASATO SOEDA

経済大学の付属高校を卒業するも、エスカレーター進学を拒否して映画の専門学校に入学。卒業後は仕事として海外紛争地域の難民キャンプを3年間撮影で巡ることに。その際『家』の大切さに目覚め、建築職人として修業の道へ。しかし、計画倒産に巻き込まれて起業を余儀なくされる。自分の会社を存続させるために、必要に迫られて本格的なマーケティングを学ぶ。

その後コンサルタントとして独立し、"力学思考"という独自の戦略理論を構築。現在はその思考法をベースにした、力学マーケティングをクライアントに伝授する『事業プランナー』として活動中。

他にもトレーダーとしての顔を持ち、場所・時間・お金に縛られることなく楽しんでいる≪戦略型ノマドライフ≫な日常生活を、自由気まま好き勝手に書き綴っています。

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